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【反響要約】あさイチ「戦争と食」…池田レイラちゃんが雑草の雑炊を作って当時の食糧難を実体験!!【2018年8月22日(水曜日)NHK総合テレビ】

今日のあさイチは「戦争と食」がテーマ!

2018年8月22日(水曜日)に放送のあさイチは、「戦争と食」がテーマ

中学生の漫才師、池田レイラちゃんが戦時中の食生活「雑草の雑炊」などを実際に作って体験!…当時の食糧難がいかに壮絶だったのか体験した世代に聞きました――。

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『あさイチ』8月22日(水)番組データ

【放送日時】 2018年8月22日(水曜日)08:15~09:55
【放送局】 NHK総合テレビ
【番組タイトル】 あさイチ「戦争と”食”」
【司会進行】 博多大吉 博多華丸 近江友里恵(NHKアナウンサー)
【スタジオゲスト】 志尊淳 池田レイラ(完熟フレッシュ) 吉村真理(83歳=小学2年生で戦争疎開体験あり)
【コーナー進行】 魚住優(NHKアナウンサー)

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戦後73年…親子で考えよう「戦争と食」――

 先月行われたある本の出版イベント。キムラ緑子さんや紺野美沙子さんなどが参加して朗読会が行われました。

 その本の題名は『戦中・戦後の暮らしの記録』。戦争体験者から寄せられた手記を集めたものです。戦争中の食生活や学校生活など今まであまり語られなかった戦時下の日常の暮らしが記されています。

戦中・戦後の暮しの記録 君と、これから生まれてくる君へ

戦中・戦後の暮しの記録 君と、これから生まれてくる君へ

 

 戦中や戦後、食べる物がなかったという話は聞きますが、実際にはどのような食生活を送っていたのでしょうか……?

 戦争を経験した人がどんどん少なくなる中、漫才コンビ「完熟フレッシュ」の池田レイラちゃん(中学2年生)とあさイチが「当時の食生活を再現」しました。夏休み親子で考える”戦争と食”が今回のテーマです――。

戦中・戦後の暮らし手記を集めた本「戦中・戦後の暮らしの記録」

 「暮しの手帖社」の担当編集、村上薫さんは戦中・戦後を体験した世代に原稿を募集。80代を中心に予想を上回る応募があったそうです。中でも多かったのが食べ物についてのエピソードでした。

 原稿を書いた一人、寺西紀海子さん(82歳)は「戦争が終わった後、食べ物もない、医療もない、なにもない状態で生きていかなければならなかった事を骨身にしみて感じた……。」といいます。

昭和20年8月「終戦」…忘れられない食事とは?

当時食料は配給制で不足したお米の代わりにサツマイモが配布されましたが、未成熟の硬いものや燃料用に栽培されたサツマイモも配給されていました。

栄養失調による死亡者は日増しに増えていったといいます。

手記を書いた寺西さんが今でも忘れられない食事は、「卵の殻をすり鉢で粉々にして青のりの塩を混ぜて作った”卵の殻のふりかけ”」。

寺西さんのお父さんがカルシウム不足の解消に作ったそうです。「砂をジャリジャリ噛むようで食べ物じゃなかった……」といいます。

また、同じく戦争体験者の山中和子さんは、塩でもんだ瓜、パンの配給、畑で採れたかぼちゃ、など当時の食べ物を絵日記に残していました。この貴重な絵日記『昭和二十一年八月の絵日記』は現在出版されています。

昭和二十一年八月の絵日記

昭和二十一年八月の絵日記

 

スタジオゲストの吉村真理さんも「当時は日本中が大変な時代だったのを思い出した」と言います。

どうしてこんなに食べ物がなかったのか?

スタジオに登場したのは、戦後の食文化を研究する、安原美帆さん(神戸女子大学講師)。

戦後はまず最初に農地の少ない都市部の食べ物が不足したといいます。昭和16年に太平洋戦争が勃発し男性は兵隊へ、女性は軍需工場で働きました。

食べ物を作る農家の人手不足が始まりその頃始まった配給制にも影響を及ぼしました。昭和18年頃には食料はほとんど底をついていたそうです。

昭和20年、終戦しましたがこの年は天候に恵まれず凶作で食べ物不足に追い打ちをかけました。しかも戦地からは大量の兵隊も帰国し人口は急増、さらに食べ物不足は深刻になりました……。極度の食糧不足はその後も10年間の長い間続きました。

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レイラちゃんが戦時下の料理を体験!

レイラちゃんと戦中・戦後の食べ物体験をするのは、漫画家の花福こざるさん。

花福さんは、去年戦時中の食生活を実際に体験・題材にした漫画を出版しています。

花福さんの戦争ごはん日誌

花福さんの戦争ごはん日誌

 

今回はレイラちゃんと一緒に、戦争当時作られていたという雑炊作りに挑戦。

海水をくんで当時不足していた塩を作り、道ばたに生えている食べられる雑草(カタバミなど)を取りました。戦時中は”食べられる雑草”の調理講習会が開かれていたそうです。

池田レイラちゃんも雑草の味をチェック!「うぇぇっ!これは…ただの草だ…。」と吐き出してしまいました…。

当時は玄米が配給されていたため、酒瓶と棒を使って精米し、雑草を入れて雑炊を作りました。何時間もかけて大変な思いをして作った雑炊…「美味しい!」と何杯もおかわりをしました。

「もうまずいとか美味しいとかじゃなく、食べられるところまで来るのがとにかく大変だった…」とレイラちゃん。当時の食糧難の厳しさを感じたようです。

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食べ物じゃないものを食べるようになる世の中とは?

「主婦の友」の昭和19年8月号には、太平洋戦争の最中食糧難を乗り切るために「戦時食生活・かぼちゃの完全活用術」という記事が掲載されました。

実はもちろん、かぼちゃのワタ、葉っぱやツタなど普段捨ててしまうものの調理法も載っています。

お茶の水女子大で食文化を研究している、福留奈美さんの協力でかぼちゃの葉っぱの調理を再現しました。

  • かぼちゃの葉っぱと茎を使った味噌汁 … 茎の筋が多く筋を取ってしまうと今度は食べられる部分がなくなる
  • 茶殻の佃煮 … 茶殻を油で炒め、ニンジンや大根をいれ醤油で味付け
  • 卵の殻のふりかけ(家庭科の教科書に掲載) … すり鉢で砕いた卵の殻とミカンの皮などを混ぜてふりかけにする(砂を噛んでいるようで非常に食べにくい)

また、日本獣医生命科学大学の客員教授で栄養士の佐藤秀美さんがこれら戦時中の食べ物の栄養価を測定しました。

卵の殻のふりかけは、大さじ2分の1弱でカルシウムは659mgもあったそうです。卵の殻はその重量の4割がカルシウムだそうで非常に含有量は高く消化吸収率もいいと佐藤先生。

ただし先生も実際に卵の殻をふりかけて食べてみましたが、大さじ2分の1のさらに半分を食べただけで砂をご飯にふりかけて食べているような感じになり「これは食べ物じゃないな…」と感じたそうです。

また、かぼちゃの葉っぱと茎は食欲がなくなるほどの後味でこれも食べ物ではないと感じたと言います。ただし栄養はどちらも摂れるので戦時中の食べ物がいかに壮絶だったかわかる言います。

戦争で食糧難「今も世界各地で…」

世界では現在も食糧不足が続く中東やアフリカのエリアがあります。各地では以下のような人数の食料が足りていないそうです…。

  • シリア … 650万人
  • イエメン … 1780万人
  • アフガニスタン … 1320万人
  • 南スーダン … 710万人
  • ソマリア … 570万人

例えばシリアに20年暮らしていた考古学者の山崎さんによれば、シリアは農業王国で市場には食材がありあふれ、戦争前は食料に苦労するような国ではありませんでした。

しかし、今はいつ空爆を受けるのかわからず食事どころではないといいます。しかも物価は内戦前と比べて10倍近くになっており、肉や卵、スイーツなどは1年に一度手に入れるかどうかだといいます…。

「戦争して何にも良いことないですよね…国境、宗教、資源問題などの争いは絶えないのは解りますが、戦争して何にも良いことないですよね…なぜ…」と司会の近江友里恵アナも素朴な疑問を呈しました。

池田レイラちゃんも「よく食べるので、これからはもっともっとご飯のありがたみを感じながら食べたいな…と今回の体験を通して感じた」といいます。

 

(※2018年8月22日(水曜日)『あさイチ「戦争と”食”」』より)

 

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