ブラタモリ 大阪ミナミ~なぜ日本一のお笑いの街になった?~
今回のブラタモリは、大阪・ミナミが舞台!
なんばグランド花月に、タモさんが初めて足を踏み入れました。江戸時代から脈々と続く芸能の町はどうやって日本一のお笑いタウンに成長したのでしょうか?
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ブラタモリ(#133 大阪ミナミ)番組データ
【放送日時】 2019年5月18日(土曜日)19:30~20:15
【放送局】 NHK総合テレビ
【番組タイトル】 ブラタモリ #133「大阪ミナミ~なぜミナミは日本一のお笑いの街になった?~」
【ロケ地】 大阪・ミナミ
【出演者】 タモリ 林田理沙(NHKアナウンサー)
【ナレーション】 草彅剛
【案内人】 大澤研一(大阪歴史博物館 学芸員) 藪田貫(関西大学 名誉教授)
【18日夜】 #ブラタモリ 大阪、ミナミへ!お笑いの街になった歴史をたどります。
— NHKドキュメンタリー (@nhk_docudocu) May 15, 2019
道頓堀川クルーズで発見!ミナミ成り立ちの秘密。ド派手な立体看板。エンターテインメントの街・ミナミを近代的に変えた「大事件」とは!?[総合]
#タモリ #林田理沙 #草彅剛 https://t.co/ioWkEOi2lI
意外!?道頓堀は初訪問だったタモリさん
心斎橋の有名な橋「戎橋(えびすばし)」にてグリコの看板をバックに今回のブラタモリが始まりました。
意外な事に、タモリさんは心斎橋を歩くのは初めてだそうです。仕事で大阪に来たことはあるけれど用事が終わるとすぐ東京に帰っていたとのこと。
「(グリコの看板を眺めて)テレビなんかでよ~く見るよね!おかげで来たことあるようなつもりになってたけど、よく考えたら1回も来たことが無かった。」とタモリさんが笑います。
テーマ「なぜミナミは日本一のお笑いの街になった?」
今回のテーマは大阪ミナミにスポットを当てます。テーマは「なぜミナミは日本一のお笑いの街になった?」
案内人は、以前大阪の回でも登場した、大澤研一さん(大阪歴史博物館・学芸員)です。
今や外国人観光客だけで年間700万人以上が訪れる街、大阪の繁華街。
大阪の繁華街は大まかに「キタ」と「ミナミ」に別れています。
- 「キタ」 … JR大阪駅、阪急梅田駅を中心としたエリア
- 「ミナミ」 … JR難波、心斎橋を中心としたエリア
タモリさん一行は道頓堀川を船で移動
タモリさん一行は、道頓堀川をチャーター船に乗って移動します。
道頓堀川は、ミナミの中心を流れる全長約2.7kmの川。人工的に掘られた川で江戸時代(1615年)に完成しました。
道頓堀川は、心斎橋あたりでは川幅36m、下流になると一気に広くなって61mもあります。
これは、江戸時代初期に低地&湿地帯だったミナミ周辺を埋め立てるため、川を広げ、広げたときに出来た土を埋め立てに使ったからです。
ミナミは道頓堀の土を盛って出来た一大繁華街だったのでした。
『ブラタモリ・大阪ミナミ』で出てきた縄文時代の大阪の様子を、カシミール3Dスーパー地形セットで描画してみた。水面の標高は6mに設定。遠浅の海広がり、縄文人には理想的環境に見える。#ブラタモリ pic.twitter.com/RFtpeZqz8u
— DAN杉本 (@DANkashmir3d) May 18, 2019
#ブラタモリ
— こんでん (@hiroju55) May 18, 2019
大阪は、上町台地以外は低い湿地帯で、梅田だって「埋田」からきてるんだもんなぁ〜 pic.twitter.com/cBTOAoeS8r
道頓堀は有名な劇場集合スポットだった!
ここから案内してくれるのは、関西大学の藪田貫(やぶたゆたか)先生。
タモリさんと林田アナが道頓堀を歩きます。すると見えてきたのが、通りの川側のお店は間口が小さく店も小ぶりで、その反対側のお店は大きく、間口も広いのです。
実はこれは、川側のお店が船着き場を完備した小料理屋(芝居茶屋)の名残り、そして反対側は大きな劇場があった場所でした。
江戸時代から大阪ミナミは一大芝居エリアとして有名な街だったのです。お客さんは船でやって来て直接小料理屋で休み、時間になれば向かいの芝居小屋でお芝居を観るというスタイルだったそうです。
竹田、豊竹、角丸、角芝居(角座)、中芝座(中座)、筑後…といった大きな芝居小屋がずらりと並んでいました。
角座と中座がある。
— りわ (@meltemsunnygm31) May 18, 2019
#ブラタモリ pic.twitter.com/L7GlIoE4F4
道頓堀名物の”立体看板”は芝居街の名残り?
この辺りにはいまも、動くカニの巨大看板、たこ焼きやギョーザ、フグの立体看板がそこら中にありますが、これらの立体看板は、キタにはありません。
江戸時代の頃、道頓堀の芝居小屋には人形で立体的に芝居の一場面を再現したド派手な看板が目をひいていました。これを人形看板と言い、もしかするとこの伝統が今に引き継がれているのかもしれないと藪田貫先生。
お笑いのルーツ「千日前」は元々火葬場だった!?
ここから案内してくれるのは、船越幹央さん(大阪市博物館機構学芸員)です。
千日前には江戸時代に火葬場がありました。当時火葬場は「火屋」と呼ばれ火葬場だけで無く墓地やお寺も備えた広大な葬祭の総合施設でした。
やがて明治に入りタモリさんが訪れた「東墓地」だけを残して移転し、この跡地に出来たのが「キワモノ」の見世物小屋だったのです。(墓地の跡地を嫌がったため、通常のお店や住居にはならなかった)
- アナトミ館「成功人体解剖蝋型」
- 相撲
- 水芸
- お化け屋敷…などなど
なかでも「にわか」というジャンルの、お笑い小芝居の小屋は人気でした。
お笑いBIG2が揃った。 #ブラタモリ #林田理沙 pic.twitter.com/K3OvwbGZ1V
— にわとまと (@snowcat5201) May 18, 2019
流行最先端のモダン・エンターテインメントシティーへ変貌!
明治45年、千日前一帯は大火事になります。幅1km以上にわたって辺りは火の海となり、墓地から賑わいを取り戻していた見世物小屋などは全て消失し元の木阿弥となりました。
その後整地され大通りを作り一帯はキレイな映画館や劇場、水族館などが建ち並ぶ最先端のエンターテインメント街に変貌!キワモノは姿を潜めスーツ姿のビジネスマンや家族連れで賑わう街に変わったのでした。
つよぽん発見、ブロードウェイ大行進曲 #ブラタモリ ミナミ #草彅剛 pic.twitter.com/lXzl3Jmc44
— にわとまと (@snowcat5201) May 18, 2019
タモさん「なんばグランド花月」に潜入!
タモリさんと林田アナは、お笑いの殿堂、なんばグランド花月に潜入!
もちろん生まれて初めてだというタモリさん。「ここはねぇ一回来てみてみたかったんだよねどういうところか…」と興味津々でした。
かつて多かった音曲万才からエンタツアチャコさんの登場でスーツ姿の2人が笑い話をするスタイル「しゃべくり漫才」が登場したと言います。
吉本に残る、エンタツアチャコさんの「早慶戦」のレコードを聞かせてもらいました。
やっぱりリンダちゃん、阪神タイガースを意識して黄色と黒のコートだったのかなあ?
— narazuki (@narazuki) May 18, 2019
#ブラタモリ #林田理沙アナ pic.twitter.com/JSq4FlpUne
#わろてんか におけるエンタツ・アチャコ=キース&アサリ #ブラタモリ pic.twitter.com/tcKsuhHPqB
— ルルフ (@hervorruf) May 18, 2019
2019年5月18日(土曜日)放送『ブラタモリ #133「大阪ミナミ~なぜミナミは日本一のお笑いの街になった?~」』より
『ブラタモリ』放送終了後の反響ツイートは?
戎橋の上に人がいない
— narazuki (@narazuki) 2019年5月18日
朝早いロケだったのかな?
#ブラタモリ pic.twitter.com/NhEBpktCj7
昭和57年の地図。大阪ミナミ、御堂筋から堺筋の道頓堀は劇場だらけ。#ブラタモリ pic.twitter.com/fTsE5E8uhk
— ちゃび口正輝💉💉💉 (@Mokkosu39) 2019年5月18日
出ました、大阪市博物館機構学芸員の船越さん!寺社・史跡を“学芸員目線”で再編集される、とても面白い方です。まいまい京都でも沢山ツアーをガイドいただいています^ ^ #ブラタモリ https://t.co/AhmmjpC4u8 pic.twitter.com/aGbQyN3YwJ
— 京都ミニツアー「まいまい京都」 (@maimai_kyoto) 2019年5月18日
林田アナ、月の法善寺横丁知らなかった、、若いもんね。 #ブラタモリ #林田理沙 pic.twitter.com/DvgtEXF92h
— にわとまと (@snowcat5201) 2019年5月18日
タモリさん「面白いことは全部へりで起こってる」
— 甘栗@ほろ酔い観劇(そろそろ行けるかな?) (@miso_amaguri) 2019年5月18日
綺麗に整えられた「中央」には置けない、雑多で猥雑な物の中からこそ、新しくて面白い文化は生まれるってことなのかな
なるほどなと#ブラタモリ
エンタツアチャコの早慶戦の音声が流れたけど、大吉先生が昔中川家の楽屋をふらっと覗いたら、二人が早慶戦を完コピしてるのを見て震えたって話されていたのを思い出した。その後、中川家の漫才の映像が流れてきてなんかすげえなこの二人って思ってしまった。
— 黒猫 (@GlKg4) 2019年5月18日
#ブラタモリ
放映は無かったが、「なんば」の語源はネギだった。豊臣秀吉の時代からあの大湿原地帯の一帯でネギの栽培を推奨していた。今でもお蕎麦屋に行くと「かも南蛮」というメニューがある。この「南蛮」はネギを意味する。#ブラタモリ
— サトシ@遠出は自粛。関西圏中心。 (@0716Satoshi) 2019年5月18日
https://twitter.com/corrupt_days/status/1129744019196657664
#ブラタモリ
— るるとききのるる (@U3yO61AD1fMiQGv) 2019年5月18日
明治の大火後の劇的な一大復興
関東大震災後の同様な一大復興
を成し遂げた
東京と
どこか
姿が重なります pic.twitter.com/3YdngpfdbA
次回の『ブラタモリ』は…大阪・堺市
古墳の町・堺。25日(土曜日)夜7時30分。最近、世界遺産認定の勧告が出た「仁徳天皇陵」へ。