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【ルート要約】ブラタモリ #101 京都・銀閣寺▽銀閣寺・銀砂灘・向月台・同仁斎で日本のわびさびにふれる…林田理沙アナ新登場!【2018年4月21日(土曜日)放送内容まとめ】


今回のブラタモリは「京都・銀閣寺」

2018年4月21日(土曜日)に放送の『ブラタモリ』101回目は京都・銀閣寺。

国宝の銀閣寺境内にある「銀砂灘・向月台」や四畳半発祥の部屋「同仁斎」、足利義政が嫌いな京の都を上手く隠した「吉田山」の成り立ち、「花折断層」など…奥東山が始まりとされる”日本人の美意識”にふれる旅でした。

今回から新しいアシスタント、林田理沙アナも登場!

ブラタモリ#101「京都・銀閣寺」番組データ

【放送日時】 2018年4月21日(土曜日)19:30~20:15
【放送局】 NHK総合テレビ
【番組タイトル】 ブラタモリ「#101 京都・銀閣寺」
【出演】 タモリ 林田理沙(NHKアナウンサー)
【語り】 草なぎ剛(草彅剛)
【テーマ曲】 井上陽水

新シーズン最初のロケは「京都・銀閣寺」

101回目のブラタモリとなる、新・シーズン。最初のロケは京都・銀閣寺です。

今日から新しいアシスタント、林田理沙さん(NHKアナウンサー)の登場です。

ちなみに林田理沙アナは、高2の修学旅行で銀閣寺を訪れたことがあるとのこと――。

タモテバコ登場!テーマは「美しき”ニッポン”の始まりは東山の奥にあり!?」

さっそくタモテバコが登場!今回のテーマは「美しき”ニッポン”の始まりは東山の奥にあり!?」です。

東山とは、京都盆地の東に連なる山と、そのふもと一帯(清水寺・祇園・銀閣寺など)を指す地名。

今回はこの東山のさらに奥を探ってゆきます。

ここで、京都の名物案内人、京都高低差崖会の梅林秀行さん(京都・#36・#37・#70に出演)が登場しました。

美しきニッポンの始まりは…世界遺産「銀閣寺」から?

まずは奥東山が始まった「ビギン・ザ・ビギン」の地、銀閣寺へ移動しました。

銀閣寺の正式名称は「東山慈照寺(とうざんじしょうじ)」。

室町時代から造営に着手され、その後荒廃した伽藍(がらん)や庭園は江戸時代に復興させたものです。

一番最初に手がけたのが芸術への造詣が深かった、室町幕府8代将軍の足利義政(1436~1490)です。

「この銀閣寺へ続く、坂のアプローチがいいねぇ!!」と坂が大好きなタモリさん、徐々に興奮気味?

慈照寺(銀閣寺)執事の、久山哲永さんがお寺を案内しました。

門をくぐるとすぐ江戸時代に完成した「銀閣寺垣(ぎんかくじがき)」を眺めつつ直角に曲がります。

そこは聖なる空間へ誘うクランク状の通路になっていました。

銀閣寺の美にふれる!「銀砂灘・向月台」

特別に許可を得て普段は入れない「銀砂灘(ぎんしゃだん)」へ。

こちらも江戸時代に完成しました。ただし誰の作品で何を表現したのかは今もわかりません。

「銀砂灘」もその脇にある円錐状のオブジェ「向月台(こうげつだい)」も、そのデザインは幾何学的なモダンアートのようでした。かの芸術家、岡本太郎さんもこの庭をみて感銘を受けたとか。

すかさずタモリさんも岡本太郎さんのモノマネをします。

芸大卒の林田理沙アナは向月台を見て「プリンに見えます」と笑います。

観音殿(銀閣)を眺める

銀砂灘・向月台を従えるように建つ建物が銀閣です。

正式名称は、観音殿(かんのんでん)。

足利義政が1951年に建立し、現在は国宝に指定されています。

ちなみに祖父の3代将軍、足利義満は「金閣寺」を建立しています。

銀閣寺のシンプルな美こそ、「質素な物に趣を感じる…引き算の美学」。日本ならではの美だと銀閣寺・執事の久山哲永さん。

銀閣の正面はどこに?

銀閣(観音殿)は2階建て。その正面は1階と2階で違っています。

1階の正面は、庭に面した東向きで、2階の正面は南向きとなっている不思議な造り。

今回ブラタモリが特別に許可を得て、国宝・観音殿の内部にお邪魔させていただくことに…。

1階の庭を独り占めできる縁側に座るタモリさんと林田アナ一行、「国宝ですよ!これはいい眺めですねぇ~」と感動するタモリさんです。

1階の正面を変えたのはこの庭を堪能するためであっただろう…と執事の久山哲永さん。

そもそも銀閣寺はお寺では無く、足利義政公が隠居生活をするための別荘として作られたものなのでした。

当時は長く続く応仁の乱(1467~1477)により京都は焼け野原となって足利義政公は、将軍職を9歳の息子に譲り銀閣で隠居生活に入りました。

「このややこしい時代、政治がいやになったのだろうね」とタモリさん。

案内人の梅林秀行さんも「銀閣って都に背を向けているような気がします。引きこもっちゃうからね!と義政公が言っていた気がします。」と話しました。

わびさび(質素で静かなもの古びた物に趣や美しさを感じる日本人の美意識)の景色が堪能できる見事な銀閣や庭園は都会の喧噪を離れた、ここでしか味わうことが出来ない日本の美だったと久山哲永さん。

国宝「東求堂(とうぐどう)」へ

次に義政公がもっともお気に入りだったというお庭の北東にある建物、普段は非公開の国宝「東求堂(とうぐどう)」へ移動。

東求堂も室町時代に創建。正面には阿弥陀様がおられます。

日本最古の四畳半・四畳半発祥の地「同仁斎」

東求堂には、日本最古の四畳半「同仁斎(どうじんさい)」があります。

四畳半発祥の地”と言われ、まさにわびさびの凝縮されたお部屋になります。

タモリさんも実際に足利義政公が実際に座っていたであろう場所に座り、室町時代とほぼ変わらない場所で思いにふけりました。

「違い棚」「床の間」など現在の和室の原型はこの部屋から始まりました。

障子を縦長に開けると風景が切り取られてまるで掛け軸に見え、自然と一体になれる無限の空間となります。

「同仁斎」という名前の意味は「人は皆平等」という意味で、ここで身分の違いを超えた才能の持ち主に会っていたと言います。

文化人としても有名な足利義政公は、茶の湯、生け花、香道など「東山文化」を生涯を通じて育てました。

銀閣寺が出来た理由?秘密は地形にあった!?

同仁斎を出て今度はいよいよ、銀閣寺周辺の地形の秘密を探ります。

お庭には普通に樹齢500年などの松があり、タモリさんも林田アナもびっくり。

銀閣寺の境内には「断層崖」が?

断層崖(だんそうがい)は、大地のパワーで地面がずれ崖になったものです。

銀閣寺の境内にある断層崖を境にして、東山と京都盆地は別れているとのこと。

境内の東にある展望台に上ってみると、ぽっこりと飛び出た吉田山が見えました。

吉田山の向こうには、義政公がかつて納めていた京都の町並みが広がっています。

義政公は徹底して京の都に背を向けて暮らしたかったため、銀閣寺を京都の町が吉田山で隠れ見えないこの「奥東山」の場所に建立したのでした……。

吉田山のふもとへ移動

タモリさん一行は吉田山のふもとへ移動しました。

やってきたのは京都大学の北部構内。

タモリさんが初めて学園祭に呼ばれたのが京大だそうです。また、林田理沙アナは芸大の音楽専攻で絶対音感があるとのこと。

京大の北部構内には吉田山に向かって滋賀県から繋がる「花折断層(はなおりだんそう)=全長50キロ」があり、吉田山で終わっています。

(※2018年4月21日(土曜日)「ブラタモリ#101京都・銀閣寺」より)

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