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反響要約 NHK ブラタモリ#65 神戸の街▽神戸がハイカラな街になったのは何故か【2017年2月25日(土曜日)放送内容】



ブラタモリ「#65 神戸の街」

2017年2月25日(土曜日)に放送のNHK ブラタモリは、神戸の街について。今は分け隔てなく神戸と呼んでいるがかつては日本人が住む「兵庫地区」と外国人が住む「神戸地区」に分かれていた。明治の中頃に異人への警戒心が解け交流が進み独自にハイカラ文化が進化、日本全国に広まっていったという。

ブラタモリ 12 別府 神戸 奄美

ブラタモリ 12 別府 神戸 奄美

 

ブラタモリ番組データ

【放送日時】 2017年2月25日(土曜日)よる7時30分(45分)
【放送局】 NHK総合
【ロケ地】 神戸
【ロケ日】 2017年1月25日(水曜日)⇒ 目撃ツイート(1)(2)
【出演】 タモリ 近江友里恵(アナウンサー)

タモリ神戸の異人館に潜入

タモリと近江友里恵アナが異人館を訪問。ここは北野地区の異人館が立ち並ぶエリア。

昔外国人が住んでいた内装をそのまま残していると言う。

森田さん夫妻が所有する洋館を見せてもらった。森田さんの氏名は「森田 義」さん、タモリの本名「森田一義」とまさに「一」字違い。

タモリも「実家かな?」と、頂いた名刺を眺めながら驚いている。

神戸がハイカラになったのはなぜ?

北野の異人館通りを山の方へ登ってゆくタモリ一行。

北野天満神社が見える。ここは平安時代の終わりに平清盛が建てたと言われる神社だった。

一行はさらに奥、「風見鶏の館」へ。普段公開していない地下室を特別に案内された。

地下室は建設の時に掘って作ったのではなく、農業用水の溜池の水を抜いて出来た穴の上に洋館を建てていた。

昔の異人館通りはすべて段々畑で、今おしゃれなお店が立ち並ぶ通りは、かつてのあぜ道だった場所。その証拠に今でも道はくねくねと曲がっている。

当時異国人たちはこうした農村に入ってきては洋館を建てていった…。

神戸の港エリアにも「外国人居留地」は用意されていたが、居留地の外にも外国人は洋館を建設している。

こうして徐々に和と洋が入り混じって日本人と外国人が両方住む「雑居地」が出来たという。

かつて居留地だった場所へ移動

タモリ一行は、北野地区からかつての居留地へ移動。

今はオフィス街になっているこの場所も区画は当時のまま残っている。

区画番号は150年間変わっていず、今でも住所として使われていた。

タモリが実際に区画を歩くと、区画番号は意外に規則性がなく13番の隣に25番などところどころ飛んでいるのが解る…。

これは、当時社会情勢が不安定だったため外国人居留地を作るのが遅れてしまった政府に原因があった。

区画の整地しやすい場所から順番に外国人居留地として引き渡したため、区画番号も出来た順番に割り振られ現在のようにバラバラに飛んだ番号になっている。

また、外国人居留地の整備が遅れその間住む場所が無かった為、待てない異国人たちは山の上の雑居地へ次々と住みだした。

他の地域、例えば横浜に雑居地が無いのは、居留地がスムーズに提供された為、雑居地がなくても良かった…という事情があった。

こうした特殊な事情のおかげで神戸の街は全域に外国人が住んでも良いということになった。

新神戸駅の近くへ移動

兵庫県で4番目に高いビル「ANAプラザホテル」の上層階へ。

高い場所から見ると、六甲の山の形がよく分かる。山が作る崖は丁度雑居地の境界線になっていた。

ここからは、元兵庫県職員(土木)の佐々木良作さんが案内。佐々木良作さんはかつて、兵庫県のダムや川を作っていた。

佐々木さんが案内したのは、「天井川」で作られた崖。

天井川とは、洪水によって川の堤防と川の底がだんだん高くなり、やがて家の天井よりも上を川が流れるようになった河川の事。

ここには湊川という天井川が流れている。

天井川は丁度外国人が住む雑居地の神戸地区と日本人が住む兵庫地区を分断し、外人と日本人とのトラブルが起きない天然の境界線として機能していた。

しかし、明治の中頃になってくると外国人への警戒心はどんどん薄れ、天然の境界線として使われてきた「天井川」が邪魔になってしまう。

商売などで行き来が増えると天井川「湊川」をわざわざ迂回しなくてはならない…。

そこで政府は明治30年代から4年かけて、湊川の付け替え工事を行う。

かつての湊川は埋め立てられた。

堤防は削られそこに、「新開地」という商店街ができた。

新開地は、わずか1kmの商店街には映画館や劇場が並び最先端のハイカラ発信地だった。

映画評論家の淀川長治さんもこの新開地で生まれている。

淀川長治 - Wikipedia

「瓦せんべい」は神戸のハイカラが生んだ?

新開地商店街にある和菓子店「亀井堂総本店」を訪問。四代目見習いの、松井隆昌さんが案内した。

「瓦せんべい」はこの亀井堂総本店で生まれた。

瓦せんべいは、紅梅焼という硬いお菓子をモデルにして当時手に入る用になった、小麦粉、卵や砂糖を大量に加え完成した。

新開地で使われる小麦粉の量は増え、兵庫に小麦粉の工場ができた。

そのおかげで洋菓子の生産が盛んになり、日本中にケーキなどの洋菓子が伝わっていったという。

ちなみに神戸市のマーク(市章)は、それぞれ神戸と兵庫のエリアが重なって出来ている。

湊川隧道へ

湊川が付け替えられたときに使われていた湊川隧道へ。

かつてこのトンネルには水が流れていた。

天井川を埋め立て分断された神戸と兵庫が一つになり、西洋と日本の文化が混じって神戸独特のハイカラな文化が育ったと言う。

ブラタモリ反響ツイート

次回のブラタモリは?「奄美大島」

次回、3月4日(土曜日)よる7時30分からのブラタモリは鹿児島県「奄美大島」。

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