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【反響要約】ブラタモリ #96 田園調布▽タモさんの散歩コース、田園調布の都市計画を探索…【2018年01月20日(土曜日)放送内容】

今回の『ブラタモリ』はこんな内容!

2018年01月20日(土曜日)放送の『ブラタモリ』は田園調布が舞台――。放送内容を3行でまとめると??

  1. 今や超高級住宅街の田園調布、でも販売当初はサラリーマンの為の分譲地でした
  2. 開発は渋沢栄一の息子さん、渋沢秀雄。なんと阪急電車創始者小林一三がアドバイザー?
  3. 東側に広がる商業地エリアでは斜面を活かした「田コロ」「多摩川園」など住民達の憩いの場も用意されました

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ブラタモリ番組放送データ

【放送日時】 2018年01月20日(土曜日)19:30~20:15
【放送局】 NHK総合
【番組タイトル】 ブラタモリ「#96 田園調布」
【ロケ地】 東京都大田区田園調布
【出演者】 タモリ 近江友里恵(アナウンサー)
【ナレーション】 草彅剛
【テーマ曲】 井上陽水

タモさんの散歩コース「田園調布」でブラタモリ

ロケスタートは、東京急行電鉄「田園調布」駅の駅舎前です。

アシスタントの近江友里恵アナも髪の毛をアップにしてイヤリングをつけたセレブ風の出で立ち――。

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今回探索する田園調布(東京都大田区)は、政治家、芸能人、経営者、スポーツ選手などセレブの自宅が建ち並ぶ日本を代表する高級住宅街です。

旅のテーマ「田園調布はどのように超高級住宅街になったのか?」

いつもの散歩コースなのでこのあたりは見慣れているというタモリさん。「ブラタモリが田園調布をテーマにすると、どんな風になるんだろうね?」とタモリさん。

ここでさっそくタモテバコが登場しました。

今回のテーマは「田園調布はどのように超高級住宅街になったのか?

大田区立郷土博物館の学芸員、築地貴久さんが案内します。

「田園調布」誕生の理由とは?

田園調布が誕生して今年でちょうど100年!住宅街は1918(大正7年)に完成しました。

大正初期の田園調布は広大な畑が広がっていて、街作りは全くゼロからのスタートだったと言います。

1920年頃、東京中心部は近代化の影響で人口が2倍に急増、そのため狭い家がひしめき合い街はごみごみとしていたそうです…。

そこで都心から離れた郊外に快適な街を建設しようという計画が立ち上がったのです――。

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田園調布の特色といえば「放射状の道

田園調布を開発したのは、渋沢秀雄(1892-1984)です。渋沢秀雄は、明治から大正にかけて活躍した大実業家、渋沢栄一(1840-1931)の息子です。

街の区画設計はフランスのパリをお手本にして開発されました。田園調布の駅舎を凱旋門と見立て、そこを中心として放射状に伸びる道路を敷いたのです。

しかし関西・阪急電鉄創立者小林一三がアドバイザーとして入り、この計画設計図を見た時には「なんだこの区画割は!宅地の形が変形して分譲しにくいじゃないか。」とあきれて大激怒したとか…。

渋沢秀雄はそれでも放射状の街割を変更する気はありませんでした。

確かに道を碁盤の目のようにまっすぐ作れば土地は遙かに区切りやすく、設計や造成も簡単なります。

ただし真っ直ぐな道は画一的で味気ない…、道をカーブさせて作れば歩く人の視界の中心には常に緑の生け垣が永遠に続いているかのように見え景色が良く、カーブの先に何があるのだろう…?――と好奇心の湧く面白い町並みが作れると確信していたのです。

生まれも育ちも田園調布だという、「田園調布会」理事の宝樹永憲さんによれば住宅の塀は緑の生け垣にするのがこのエリアのルールにも記されていると言います。

田園調布の名前の由来とは?

田園調布の街の名前は、「調布村」から来ています。

そして「田園」は、「ガーデン(garden)」から来ているそうで、イギリスで19世紀に計画された都市「ガーデン・シティー(Garden City of To-Morrow)」の名前から付けられたとのことです。「田」という漢字が入っていますが田んぼが広がっていた…という意味ではありません。

近代化を推し進める明治政府が「田園都市」+「調布」で「田園調布」という名前にしました。

築83年!分譲当時の姿を残す建物を見学

タモリさん一行は、田園調布が分譲した当時の姿を残す2LDK平屋建てのお宅を訪問。

街の中心部に唯一残るその建物は、なんと築83年です。

 

瓦屋根の和式建築なのに窓の形や玄関などが洋風の「和洋折衷」、とてもおしゃれなデザインです。こちらは雅子様が書道教室に通われたという由緒あるお家とのことです。

現在は書道教室ではなく、北欧の食器や道具を販売するお店となっていてお店の奥では若いご家族(森百合子さんご家族)が暮らしています。

今でこそ超お金持ちの住む住宅地として知られていますが分譲した当初は、どの家も現在の価格で3000万円くらいの中堅サラリーマンに向けて販売されていたとのことでした――。

田園調布が超高級住宅街に変貌した意外な理由とは?

当初は中堅サラリーマンの分譲地だった田園調布の街ですが、あるきっかけから超高級住宅街に変貌しました。

タモリさん一行は「兵隊屋」というおそば屋さんを訪ねます。

兵隊屋のオーナー、望月仁さんと利子さんが案内。実は望月さんの祖父は元軍人さんでした。

元陸軍近衛連隊の望月政晴さん(1892-1945)をはじめとした軍人達は関東大震災の直後、緊急事態に対応できる地盤の強い高台=田園調布に次々と自宅を構えました。

海軍技術研究所や陸軍駒沢練兵場が電車一本の距離にあったため、高級軍人たちにも人気があったそうです。エリート軍人が住む住宅地として街の価値は、格段に高まったのです――。

その後は、歴代の総理大臣、映画スター、作家、社長、歌手、野球選手など各界のセレブが移り住み人気が沸騰しました。

昭和62年には一坪1000万円を超す住宅地価日本一の超高級住宅街へと変貌しました。

大昔の田園調布は豪族にも超人気のエリアだった?

タモリさん一行は、多摩川のほとりにある浅間神社へ。

浅間神社は、国分寺崖線(こくぶんじがいせん=多摩川が10万年以上かけて削った崖のこと)がちょうど終わる場所にあります。

 

浅間神社はとても眺めのいい高台にあり、境内からは晴れていれば富士山を見ることも出来ます。

ここで大田区立郷土博物館の学芸員、斎藤あやさんが案内しました。

このあたりには太古の昔、豪族達が前方後円墳を何基も作っています。昔のセレブ(豪族)達もこのエリアがお気に入りだったとのことです。

田園調布駅の東側に広がる商業地エリア

つぎにタモリさん達が訪れたのは、田園調布駅の東側にある商業地エリアです。

西側には閑静な高級住宅地が広がっていますが、東側には賑やかな商店がたくさん――。

静と動が見事に分かれています。

東側が商業地になったのは、住宅エリアと商業エリアを分けたいという理由のほかに、急斜面が多くまとまった住宅街開発しにくいという理由がありました。

 

病院や店舗、学校などが作られ、中でも急斜面を活用して作られた「田園コロシアム(田コロ=でんころ)・昭和11年開業」は有名でした。

今は「田コロ公園」という児童公園となっていますが昔はここでプロレス中継などをした有名な場所です。

また、大正14年から昭和54年まであった「多摩川園」の全長50mもある長い滑り台はこのエリアの急な斜面を使って作られたものです。(案内:川崎市市民ミュージアム学芸員 渡邉裕太さん)

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(※2018/01/20放送『ブラタモリ「#96 田園調布」』より)

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ブラタモリ』反響ツイート

次回の『ブラタモリ』は有馬温泉

次回のブラタモリは、有馬温泉。2018年2月3日(土曜日)夜7時30分放送予定。

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