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yonta64のテレビ番組ブログ

テレビ番組を見ながら興味のある内容を記憶。ガッテン、モヤさま、etc。放送後の反響ツイートなどを紹介しています

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反響要約「岡田有希子の知られざる秘密」▽サンミュージック屋上から飛び降りた本当のワケとは?【爆報THEフライデー 2016年12月2日(金曜日)放送内容 TBS】

爆報!THEフライデー

爆報THEフライデー「岡田有希子の真実」

2016年12月2日(金曜日)よる7時から放送された「爆報THEフライデー」では、30年前に自ら命を絶ったアイドル歌手、岡田有希子の知られざる秘密を暴露……。

岡田有希子は二度自殺をしていた?俳優・峰岸徹は本当に飛び降りのきっかけになったのか?後追い自殺続出…など当時最後まで側に居たサンミュージックの元専務、福田時雄氏が証言した。

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爆報THEフライデー「岡田有希子」番組データ

【放送日時】 2016年12月2日(金曜日)よる7時(120分)
【放送局】 TBS
【番組副題】 あの昭和スターの謎が明らかに!2時間SP
岡田有希子パートの出演者】 福田時雄(元サンミュージック専務)

アイドル「岡田有希子」とは?

  • 1967年 愛知県一宮市で誕生。本名、佐藤佳代
  • 1982年(14歳)で「スター誕生!」に出演
  • 両親は芸能界入りを反対。地元の進学校に入れば芸能界入りを許すという条件を突きつけられ見事クリアする
  • 憧れの松田聖子と同じ大手芸能事務所「サンミュージック」に所属
  • 高校1年生の二学期から「堀越学園芸能コース」に編入
  • 事務所の社長のもとで芸能生活を開始
  • 1984年「ファースト・デイト」でデビュー
  • 新人賞を10個も獲得
  • デビューから2年、松代聖子の作詞の曲「くちびるNetwork」が大ヒット
  • 1986年4月8日「くちびるNetwork」の発売から3ヶ月後、サンミュージックのビル屋上から飛び降り自殺
ザ・プレミアムベスト 岡田有希子

ザ・プレミアムベスト 岡田有希子

 

1986年「岡田有希子」死去 享年18歳

1986年18歳で飛び降り自殺、18歳でこの世を去ったアイドル歌手の岡田有希子

その理由は俳優、峰岸徹との恋のもつれだったと噂されている。

ユッコシンドローム

その後社会的な影響も大きく、後追い自殺はなんと30名にも及んだ。

当時の後追い自殺と思われる事件の様子は以下の新聞記事に代表される……。

岡田有希子さんのようになりたい」と飛び降り、「ユッコシンドロームと呼ばれるように……。

  • 1986年4月16日付「デイリースポーツ」 … 見出し『ユッコみたいに…後追い続出』
  • 1986年4月22日付「日本経済新聞」 … 見出し『中高生5人…次々と自殺 はっきりとした動機なく』
  • 1986年4月15日付「読売新聞」 … 見出し『少女飛び降りまたも3件「勝手許して」と中三(盛岡) 校舎屋上から高二、重体』
  • (特集記事)「週刊女性」1986年5月6・13日号 … 見出し『私もユッコのようになりたい!!』
  • (ニュース)1986年5月5日 … 21歳の浪人生が同じサンミュージックの屋上から飛び降り自殺

自殺から30年経った今も岡田有希子のお墓にはファンからの花束が沢山たむけられている……。

岡田有希子「自殺当日の真相」とは?

1986年4月8日。

実は、岡田有希子二度自殺を図っている

一度目は午前10時……。

岡田有希子が命を立つ2時間前。堀越学園高校を卒業して初めての一人暮らし、自殺は引っ越しの4日後のことだった。

未遂となった一度目の自殺は、部屋にガスを充満させ刃物で手首を切っていた。当時同じマンションに暮らす住人がガスの警報機が鳴るのを聴いていた。

住人の通報を受けた救急隊が病院へ救急搬送、午前11時15分。岡田有希子自殺2時間前……。

病院に駆けつけた福田専務が声をかけても岡田は泣くばかりだった。

専務は必死に落ち着かせようとしていた。左手首の傷は4針縫う怪我だが命には別状はない。

ようやく落ち着いて話ができるようになったためタクシーへ。専務が「どこへ行きたい?青山のマンション?名古屋の実家?事務所?」と尋ねると「事務所に行きたい」というのでサンミュージック事務所へ帰った。

事務所では、岡田有希子とマネージャー、福田専務の三人で一緒に居たが、福田専務が社長からの電話の為部屋を出てマネージャーと二人きりに……。

岡田有希子は、ティッシュを取りに」と、マネージャーを置いて部屋を出た。

ところが、いつまでたっても部屋に戻って来ない…。

不安になった福田専務はビル内を探し回る。屋上に行くとそこには、病院からはいてきたスリッパが揃えて脱いであった…。

午後12時15分。

岡田有希子は、所属事務所7階建てのビルの屋上から飛び降りた後だった…。

報道は連日繰り返されファンは現場に殺到、彼女の実家では今では考えられない不躾な突撃取材が行われていた。

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原因は俳優「峰岸徹」との恋愛のもつれ?

自殺の理由は「俳優Aさんに振られたこと…。」

その記事が毎日新聞1986年4月8日付け「アイドル歌手ナンバーワン 岡田有希子さん自殺 腕切った後飛び降り「男優のAさんに振られた」」と紙上に掲載された。

”Aさん”とは、当時42歳の峰岸徹

岡田とは、ドラマ「禁じられたマリコ(1985)」で共演があり男女関係があったと噂されている。

亡くなった午後10時、峰岸徹は緊急会見を開いた。

「(岡田にとって)兄貴のような存在で恋愛関係はない」と話す。その後、岡田有希子の母親が出版した「愛をください」という本には、峰岸徹をかばうように「峯岸さんとのことについては、女性週刊誌テレビなどであれこれ取り沙汰され、そのたび私は、峯岸さんに対して申し訳なく、またお気の毒でなりませんでした」

と記されている。

愛をください

愛をください

 

岡田の母親も、サンミュージックの福田専務も「あくまで岡田の一方的で強い片思いだった。一途に(峰岸徹を)思い続けていた。」と話した。

  • 1回目の自殺 … 叶わぬ片思いを憂いてのもの
  • 2回目の自殺 … 大変な事をしてしまった…という自責の念がそうさせた

福田専務はそう語った…。

岡田有希子「資料紛失事件」!?

一方、岡田有希子の所属事務所だった「サンミュージック」では岡田の死後、グッズが何者かに盗まれていた。

サンミュージック元専務の、福田時雄さんが証言。

番組が取材した所、白人男性の「リチャード(50歳)」に行き着いたと言う。

リチャードは、岡田有希子の死から3年後の1989年にサンミュージックに入社。

その2年後の1991年に退社している。

リチャード(50歳)の退社から25年、番組が日本に住むという彼に接触を試みる。

自宅へ訪ね、本人を問い詰めた所、資料を勝手に持ち出したことを謝罪した。

その数194点。

オーストラリアに居た頃、岡田有希子のファンだった彼は自殺を聞いて居てもたっても居られず来日。

上智大学に通いながら、クラスメートだった早見優に紹介してもらいサンミュージックに入社。松田聖子の全米進出の翻訳などをしていた。

ある日、事務所が処分しようとしていた岡田有希子の資料を見て「残さなくていけない」という思いから勝手に資料を社外へ持ち出しそのまま退社してしまった……。

あれから25年岡田有希子の資料は今どこに?

リチャードの資料持ち出しは「不問にする」事になった。

番組では幻の資料194点が、解禁される。

今回、岡田有希子と同期のアイドルだった田中久美(49歳)、南きよみ(48歳)、森奈みはる(48歳)、岡村有希子(48歳)が一緒に幻の資料を見ることに……。

  • 懐かしい筆跡の直筆の文章
  • CM「グリコカフェゼリーひとくち篇」のフィルム(16ミリか32ミリのリール)
  • レコード原盤のオープンリールテープ
  • デビュー当時のプライベートアルバム
  • 未公開VTR
  • サイン
  • 直筆の衣装スケッチ

などだった。集まった同期のアイドル達は現在それぞれの道に進んでいる。連絡先も交換せずに別れていたので、ちゃんと連絡先を告げていれば堀越学園のクラスメートとして少しでも相談に乗れたかもしれない……残念。と話した。

番組のスタジオゲストとして参加していた、生田智子は「久しぶりにVTRを見て、ショックすぎて何も覚えていなかった」事を話した。自殺した前の晩の夜中に「引越し祝いを渡したい」と話をしたのが最後だったという……。

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爆報THEフライデー反響ツイート

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