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2014年1月31日放送まとめ『爆報!THEフライデー あの歌手は今…知られざる確執スペシャル』佳山明生VS日野美歌・小柳ルミ子・相本久美子・ジャギ古川など【番組あらすじ】

2014/01/31(金曜日)の『爆報!THEフライデー あの歌手は今…知られざる確執スペシャル』は、佳山明生日野美歌が直接対決。小柳ルミ子騒動の裏側を語る。相本久美子がバツイチに。ジャギ古川は「保険マンモス」社長になったなど。

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今夜「氷雨佳山明生日野美歌が直接対決

歌手、日野美歌は1982年「氷雨」で50万枚を超える大ヒット。さらに1986年、「男と女のラブゲーム」で葵司朗(当時40歳)とのデュエット曲で16万枚を売り上げるヒット。

氷雨 (Acoustic version)

氷雨 (Acoustic version)

男と女のラブゲーム

男と女のラブゲーム

 現在51歳、バツイチ独身日野美歌さんは今回のゲスト。

 

スペシャルゲストMC田原俊彦爆笑問題太田光田中裕二)。スタジオ出演者は、友近アンガールズ山根良顕田中卓志)、平成ノブシコブシ(吉村崇・徳井健太)、テリー伊藤オリエンタルラジオ中田敦彦・藤森慎吾)TBS田中みな実

 

田原俊彦は、52歳(1961年2月28日生まれ)で日野美歌は、51歳(1962年12月21日生まれ)で、田原俊彦の方が年上となる。

 

日野美歌が「氷雨」で大ヒットを飛ばす中、裏では奈落に落とされた歌手も。

 

 

天狗になってしまった佳山明生

遡ること5年前1977年に本家「氷雨」を歌っていた、佳山明生。当時80万枚のヒットを飛ばした佳山明生は、鼓膜破裂などで歌うことも出来ず芸能界から姿を消した。

 

現在は65歳。当時は日野美歌が嫌いだった。1970年、19歳で歌手を目指し函館から上京。

 

7年間の下積みを経て、27歳の時に「氷雨」でデビュー。「氷雨」の大ヒットで佳山明生は歌謡界のトップスターになった。

 

天狗になっていた時期、銀座や赤坂で飲み歩き金をどんどん使っていた。2億5千万の金を豪遊に使ったことも。

 

なぜ「氷雨」が違うレコード会社から登場したのか?

その時、全く違うレコード会社から「氷雨」を歌う歌手、日野美歌が現れた。なぜ、違うレコード会社から同じ曲が発売されたのか?実は権利が定まっていず他の人が勝手にリリースできる状態だった。

 

実は、レコード会社担当者が1977年に急死。その為曲の出版権利が未申請のままだった。そこで日野美歌も歌うことになった。瞬く間に日野美歌は売れる。

 

ベスト10で共演など二人で歌う場面も会ったが、第34回紅白歌合戦(1983年)で日野美歌の「氷雨」が選ばれ人気は決定的となる。

 

酒浸りの人生 そして転機

佳山明生は酒浸りの不摂生で元々患っていた中耳炎が悪化。左耳鼓膜破裂でステージから救急搬送された。そして1989年歌手活動を休止。

 

スタジオに登場した、佳山明生日野美歌と握手を交わす。佳山明生が居酒屋の皿洗いを9年間している時に、日野美歌の「氷雨」を聞いて立ち直るきっかけをくれた。

 

居酒屋を辞め、再起を決意。久しぶりに共演で氷雨を歌う日野美歌。ラスト佳山明生と一緒に歌う場面も。現在佳山明生は、ディナーショーなどで今も氷雨を歌っている。

 

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「テレビジョッキー」で活躍した相本久美子がバツイチに!

55歳で意外な職業に?相本久美子は、1979年ライオン「エメロンスキンクリーム」のCMでも話題になっていた。

 

 

その後は1987年に29歳で芸能関係者と結婚。芸能活動を休止した。7年で離婚。その後女手ひとつで娘を育て上げた。あれから27年。相本久美子が意外な職業に転身しているという噂をキャッチ。

 

阿部祐二が爆報リポーターとして、取材に。現在55歳。相本久美子はお孫さんがいる、陽翔くん(1歳)娘の美有さん(25歳)。夫婦問題カウンセラーの資格を取得。

 

【参考リンク】相本久美子オフィシャルブログ

 

ヘヴィメタルバンド・聖飢魔IIのドラマー ジャギ古川、年間7億円を売り上げる社長に転身

聖飢魔IIは、1986年「蝋人形の館」が大ヒット売上35万枚。その聖飢魔IIでドラマーを務めた、ジャギ古川は、当時10万21歳。1985年脱退した。

 

 

 

あれから29年魔界から転身。古川徹さんは、「保険マンモス(※公式サイト)」という会社の社長をしている。仕事内容は、ファイナンシャルプランナーをお客様に紹介する業務。

 

古川徹さんは、聖飢魔IIを脱退後、早稲田大学卒業という高学歴を活かして旭化成に入社。その後31歳の時にヘッドハンティングされ、ソニー生命保険に入社。4000人の中トップクラスの営業成績を実現、7年連続社長賞。

 

9年前に「保険マンモス」を企業現在従業員は40名。年商は7億円。

 

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初激白!あの離婚騒動の裏側 小柳ルミ子

小柳ルミ子が離婚した時にでた報道、1億円慰謝料の真実。このことで大バッシングが連日行われた。取材は、母の自宅まで飛び火した。

 

1952年福岡県に小柳ルミ子は生まれた。父は3歳の時に他界。母は異常ほど熱心だった。厳しすぎて母親を嫌いだったという。

 

ルミ子は、7つの習い事を掛け持ちして毎日歌手になる夢に向かって生活をしていた。ありったけの英才教育を受け、15歳になると宝塚音楽学校に進学。

 

その後、宝塚音楽学校首席で卒業。芸能界に入った。18歳の時(1971年)にわたしの城下町で歌手デビュー

わたしの城下町

わたしの城下町

瀬戸の花嫁

瀬戸の花嫁

 日本歌謡大賞など多数の賞を受賞。しかし、母はおめでとうもなければねぎらう言葉もなかった。母に従うようにして生きてきた。

 

その後、離婚の事でバッシングは2年間続いた。その時はかなり追い込まれたが母の一言で復活。しかし、その母は悪性リンパ腫で闘病。2006年12月12日母は亡くなった。

 

(終了:2014/01/31(金曜日):TBS)

【テレビ要約】2013年12月13日(金)の「爆報!THEフライデー!あの人は今…」高樹澪、アパッチ、渡辺めぐみ、その後の生活は今!? - yonta64のテレビ番組ブログ

 

◎2014/01/31放送『爆報THEフライデー』Twitterの反響