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反響要約「NHKスペシャル 終わらない人 宮﨑駿」▽密着取材700日。CGとの遭遇と長編映画への想い【2016年11月13日(日曜日)放送内容】

NHKスペシャル「終わらない人 宮﨑駿」

2016年11月13日(日曜日)に放送されたNHKスペシャル「終わらない人 宮﨑駿」は、アニメーション映画監督、宮﨑駿(みやざきはやお・75歳)の誰も知らない引退後2年間の記録。

番組では引退宣言直後からの700日を密着取材。「もう終わった」と誰もが思っていたアニメーションの製作だが、宮﨑は引退後もひっそりと12分の短編アニメ「毛虫のボロ」を作っていた。その製作過程で若いCGアーティストと出会い、長年嫌っていた3DCGでのアニメーション製作にチャレンジ。かつての制作意欲が沸々と湧き上がるが……。

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NHKスペシャル番組データ

【放送日時】 2016年11月13日(日曜日)よる9時(50分)
【放送局】 NHK総合(NHKG)
【番組副題】 終わらない人 宮﨑駿(みやざきはやお)
【題字】 鈴木敏夫
【語り】 メイ(坂本千夏

2013年9月「宮﨑駿 長編作品引退」 

宮﨑駿(75歳)。3年前の2013年9月に、長編アニメーションからの引退を宣言した。

などなど誰もが知るアニメーション作品を世に送り出してきた。「長編を引退する理由は、数百名ものスタッフを指揮して作品を作り出す体力がない」と悟ったからだという。

「終わったんだなと本当に思うんだよ。いや後継者を育てたよ。後継者を育ててやらせると結局食べちゃうことになるんですよ。その人達の才能を食べちゃう。

「こいつにやらせてみたいという人は一人も居なくなった。スタジオは人を食べていくんですよ。それでおしまいにしちゃったからなんの未練もないんだよ。」と宮﨑駿。

2015年1月「リタイアじじい。年金受給者ですよ」

引退宣言から1年が過ぎた2015年1月…。

沢山の名作を生み出してきたスタジオジブリはひっそりと静まり返っていた。

宮﨑駿の引退後、スタジオジブリは制作部門を解散、徹底して「手描き」にこだわり抜いたスタジオには芯の折れた鉛筆が1本…。その様子がとても寂しく見えた。

宮﨑駿は引退後何をしているのか?スタジオジブリから徒歩3分のところにあるアトリエを尋ねる。

「こんなところからもうカメラ撮るの?もうリタイアしてる人間はいいんだよ~。リタイアじじい、年金受給者ですよ。」

と言いつつも番組スタッフをコーヒーで出迎える。

今はもう、数百人のスタッフを一人で抱え込む体力がないと話す。現在はジブリ美術館の展示物をあれこれ製作したり直したりする毎日。

「前と同じように集中するとね、とたんに体がゴワゴワになってダメになるから」

としみじみ…。訪ねてくる人も殆ど居ず静かな毎日を送っていた。

2015年3月「CGに興味?」

番組が宮﨑駿のアトリエを訪ねてから2ヶ月後。

番組スタッフが訪れると、今まで手描きにこだわっていた宮﨑駿がCG(コンピュータグラフィックス)を見せてもらったと意外な一言。

「CGを幾つか見せてもらったんだけど、なんかレンズがみんなスマホのレンズだって感じで…でも、スタッフは面白かった。”若いや”って感じがした。」

実は、2日前若いCGアニメーターとの出会いがあったという。

その時「自分が描ききれないからどうしたらいいのかわからないものを、若い奴ら(CGアニメーターなら)ならやってくれるかもしれない」と思えたと宮﨑駿。

20年前から映画化を望みながら実現できなかった短編「ボロ」という毛虫のキャラクターの作品をCGで応用できないかと考えていた。

2015年5月「宮﨑駿、”ボロ”をCGで?」

幻の作品「ボロ」は、プロデューサーの鈴木敏夫さんが、引退して時間があるから楽しみながらCGで短編映画を作ってみては?という話で製作が決まった。

若手のCGクリエーターがスタジオジブリに集合。

「毛虫のボロ」のCG試作品が出来たので、宮﨑に見てもらおうと来ていた。

ボロの毛の動きは、風の抵抗などをシミュレーションしてコンピューターが自動で付けている。今までは手先一つの動きまで手で描いていた細部の動きはコンピューターがやってくれるためリアルさを保ったまま作業を大幅に短縮可能だ。

「なんかうまくいきそうな気がしてきた。非常に刺激を受けました。」と期待は膨らむ。

今「アナと雪の女王」など、アニメの主流はCGになりつつある。

その仕掛け人となったのが宮﨑駿の親友、ピクサー・ディズニーのジョン・ラセター監督だった。

宮崎は、CGで何歩も先をゆくラセター監督が覗きに来た時「まだこんなレベルか」と言われるのか悔しいと考えていた。世の中に出すからには、生半可なものは出せないという。

2015年6月「再び灯るスタジオジブリの明かり」

2015円6月。宮崎が動き出した。予算は自分たちで賄う。

「なんて安いところで映画作ってんだろう」といいつつ描き始めたのは、絵コンテ。

75歳の宮﨑駿。心臓に持病を抱え、日に日に身体の衰えも感じている。

マッサージ師を自宅に呼び背中を揉まれながら「残された時間をどう生きるか」考え続けていた。

2015年8月「CGスタッフがジブリにやって来た」

CGディレクターの櫻木優平さんがスタジオジブリにやってきた。

本格的な短編づくりが始まる。短編は映画館でなくジブリ美術館のみで上映する予定だ。

宮崎が描いた絵コンテを初めて見る若手クリエイターたち。これからこの絵コンテを元にCG動画を作ってゆく。動画表現の細部はクリエーター達に一任された。

周りのスタッフにも「宮崎さん去年より眼力が強くて100倍元気ですよ」と言われると「そうなると生涯仕事しなくちゃいけなくなるからやめてくれよ。」と笑いだした。

2015年10月「魔法の小箱じゃないんだね…」

スタジオジブリにコンピューター機材が置かれた。短編「毛虫のボロ」は櫻木優平さんが中心となり制作が進んでいった。

しかしボロが初めて卵から孵化するするシーンひとつとってもなかなかうまく表現できない。動きについては言葉で表現するのも難しい。

「むずかしいね、魔法の小箱じゃないんだね」と宮﨑駿。

また、この頃は宮﨑駿の周りで友人が亡くなるなどの不幸が相次ぐ。「時間がない。時間がない…。」が口癖となった。

その後も完成したアニメーションを見るとどれも宮崎の頭に浮かぶ動画を上手く表現できていない。

「あの原画(CG)を見ると、(ボロ製作の構想を)何十年やってきたことがパーになる瞬間を見るみたいだ。あんなものを作るなら潰したほうがいい」とつぶやく。

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2015年12月7日「やめたほうが良いんじゃないか?」

ジブリプロデューサーの鈴木敏夫と話す。

「CGで作った動画が全く使い物にならない。このまま行くとCGでは作品が完成しない。これは終わりません!」と宮崎が笑う。

「やめたほうが良いんじゃないかという気がしてきた。」と宮﨑。

宮﨑駿は、CGアニメーターを全員集め「それなりにやったな!ってやつを作らなきゃいけない。どうやってやったの?って言われるものを作りたい。本当に。」と話す。

ついに、触ろうとしなかったコンピューターを自分で触って直そうとするが、今までやって来た方法と全く違うためうまくいかないもどかしさを感じる。

どうしても、ボロが誕生するシーンをうまくCGで表現できない。宮﨑自身もどうしていいかわからないヤバイと悩んでいた。

2015年12月18日「櫻木さん倒れる」

CGアニメーターの、櫻木優平さんが倒れて病院へ。かなり根を詰める作業をしていたようだ…。

「気の病。そのくらい大変なんですよ櫻木さんは…。」と宮﨑駿。(※櫻木優平さんは翌日復帰、風邪だった。)

その他のスタッフはこの日初公開された「スターウォーズ・エピソード7」の試写会に行っている。

スターウォーズの世界なんかとぜんぜん違うところで悩んでいるんだよこっちは…」と宮﨑駿。「みんなスターウォーズをみて打ちのめされて、毛虫じゃなくてスターウォーズやりたいって……思わないから大丈夫っすよ」と笑う。

2015年12月24日「謎がやっと判った?」

「やっとわかったんです。謎が」と宮﨑駿。それはボロの誕生シーンのCGに生命感が無いのはなぜか?という部分だった。

「(以前の作画には)生き物の気配がなさすぎたのが原因。夜の魚を足そう。」と提案した。

早くこの”呪われたカット”を突破しようよ。宿便の様にすっきりしない」と笑う宮﨑。

「映画ができた時に情けない思いをしないようにしたい。ああ!やっときゃよかったってことが絶対ないようにしたい。」とさっそくボロが誕生するオープニングシーンの大幅な修正に取りかかる。

やがて、夜の魚を加えたオープニングシーンが完成。それは、宮﨑が考えた通りのざわざわと生命を感じるシーンとなった。

2016年5月「つのる長編企画への想い」

この頃から、宮﨑駿が机に向かう時間はどんどん長くなっていった。

短編「ボロ」の或るカットを手描きで細かく描いている。

「CGスタッフが作った大ボロ達の動きが面白いんですよ。負けてたまるかというのもあるけど、ああ、よくやってると思って……。」と無数の毛虫がうごめく大変なカットをCGでなく手描きで描いている。

来る日も来る日も……。撮影監督の、奥井敦さんも手描きの毛虫の大群を「すごい」と見つめる。

今、長編作るなら何を作るだろう…

「今、長編を作るなら何を作るだろう。」と宮﨑駿が呟いた。

「みんな気が付かないけど、こういう時代だからこそ渇望するテーマが絶対あるはずなんですよ」と語る。

「長編を作るのは生易しいことじゃないから。実際今から立ち上げて5年もかかるとオレもう80だよ。」

「もう、こんなのやってみたかったとかそういうのを作って巻き込んで迷惑をかけたくない。」……この時はそれ以上はなにも語らない宮﨑駿だった。

IT企業でCGを開発するクリエーター達が集合

3人だと聞いていたら、十数名も人が集まっていてびっくりしたと宮﨑。

スタジオジブリに集合した彼らは、IT企業でCGを開発している人々の集まりだった。

ドワンゴ会長の、川上量生氏が今やっている人工知能のプレゼンテーションを披露するためやって来ていた。

それを見ていた宮﨑は「毎朝会っていた、身体障害者の友人がいるんですよ。ハイタッチするだけでも筋肉がこわばっていて大変。このCGを見ているとその彼のことを思い出して、これを面白いと思って見ることは出来ないですよ。これを作る人達は痛みとか何も考えないでやっているでしょう。極めて不愉快です。」と川上量生に苦言を呈した。

製作した担当クリエーターは「最終的には人間と同じようにアニメーションを作れる人工知能が作りたい」と話す。

宮﨑は、「地球最後の日が近いって感じだね。それは人間のほうが自信がなくなってくるからだよ。」と話す。いつの日かアニメーションも人間の手を離れるのかもしれない。

「長編企画 覚書」!?

毛虫のボロの企画が軌道に乗り、宮﨑駿は引退した長編企画への気持ちを大きくしていた。

自ら「長編企画 覚書」という企画書を書いて鈴木敏夫に見せた。

2016年に「シナリオ完成」、2017年「コンテ、作画開始」、2018年「作画期間」、2019年「完成」。

というスケジュール表を見ながら「3年というのはこんなに短いんですよ。」

「小生78歳 生きているかな?」と話す。

「鈴木さんがどんな錬金術を使ってもいいですから、この映画を作れるだけのお金をかき集めて下さい」と話す。

鈴木敏夫は「ただし、こういうことも考えられますよ。宮さんが絵コンテを書いて死んじゃうと、この映画そうすりゃ大ヒットですよ。ははは…。」と笑う。

宮﨑駿は長編映画をもう一度作りたい、途中で死んでも覚悟はあるから…でも何もやらないで死ぬのならやってる最中に死んだほうがまだましだね。死んではならないと想いながら死ぬほうがいい。」と語った。

2016年10月「色彩設計 保田道世さん他界」

宮﨑駿とともに映画を作り続けてきた、色彩設計の保田道世さんが亡くなった。

77歳だった。

宮﨑は「やっちん」と呼ぶ。生前に「もう一本(長編を)やんなよ」と盛んに言われていたと言う。やっちんがやるならやると言っていたが最後まで「もうできない」とは言わなかったと言う。

宮﨑駿は、現在新作の絵コンテを作っている。100シーン作ったら形になるだろうと毎日描いていた。

ジブリ長編映画が本当に製作されるのかどうかはまだわからない。

しかし、宮﨑駿は「生きることは映画を作ること」それを実践しようと今日も机に向かっている……。

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